星見坂の下宿 第6話 停電の夜

停電の台所。テーブルの上のろうそくの炎に照らされる、湯のみと四人分の影。

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連載「星見坂の下宿」第6話/全10話(完結) 約2分で読めます

六月の終わり、台風くずれの低気圧が坂の街を直撃した。夕方から窓ガラスががたがたと鳴り始めて、夜九時を過ぎたころ、ばちんと音がして、星見荘の電気がいっせいに消えた。

「停電ね」暗がりの中から、トメさんの落ち着いた声がした。「みなさん、台所に集まってちょうだい。ろうそくがありますから」

*

台所のテーブルに大小さまざまなろうそくが並んで、ゆらゆらと揺れる炎が、四人の顔をやわらかく照らした。凛さんは夜勤を休んでいて、葉山さんはスケッチブックを抱えてひなたの隣に座る。外では風がうなっているのに、台所の中は不思議なほどあたたかく、トメさんがお湯をわかして、みんなでほうじ茶を飲んだ。

「こんなふうに集まるの、久しぶり」凛さんがぽつりと言った。「停電も、悪くないね」

話題は自然と、それぞれの「始まり」に移っていった。凛さんは子どものころ入院したとき、夜中に看護師さんが星の話をしてくれたのだという。それが看護師を志した理由だった。

「夜の病院ってこわいでしょう。でも、あの人の声を聞くと安心できたの」

葉山さんは小さな声で言った。

「ぼくは、絵が描けなくなった時期があるんです。二十歳のとき。そのとき、毎日窓の外を眺めていた。それが最初の一枚でした」

ひなたの番になった。

*

「わたしは、理工学部に入ったんです。就職に有利だからって、父に言われて。でも本当は、何がしたいのか分からなくて」

みんなが黙って聞いていた。ひなたはろうそくの炎を見つめた。

「星見荘に来て、初めて土星を見て。あの輪っかを見たとき、胸がどきどきして。あれが、わたしのいちばん最初の『好き』かもしれないと思ったんです」

トメさんがうなずいた。

「いい始まりね」

外の風は、いつのまにか弱まっていた。電気がぱちんとついたのは、午後十時を少し過ぎたころで、急に明るくなった台所で、みんなは顔を見合わせて笑った。

「もう少し暗いままでもよかったのにね」と凛さんが言った。

ろうそくの炎をひとつずつ吹き消すと、台所に煙のにおいが残った。

「明日も、ここに集まろうか」と凛さんが言った。

誰も反対しなかった。

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