十八歳で成年でも酒は二十歳 第3章
十八歳への切替は、急に降ってきた数字ではない。明治9年の太政官布告以来、二十歳が長く続いていた。民法が制定されたあとも、成年年齢は二十歳のまま据え置かれた。法務省は、およそ百四十年ぶりの見直しだ、と整理する。長さそのものが、まず読み方そのものの驚きになる。短い改正史の話ではない。固定の長さそのものを、先に押さえて見る。
明治以来、成年の入口は二十歳で固定されていた。令和4年4月1日の施行で十八歳へ動くまでは、その数字が長く日常の前提だった。短い実験期間のあとの変更ではない。長い固定のあとの切替だ。二十歳は、何世代にもわたって長く動かなかった線である。すぐ急転に見えるのは、前の長さを見失ったときだ。数字が変わった印象の強さは、前の固定の長さと、必ずセットで読む。二十歳のまま来た時間が、想像以上に長い。
法務省は、民法制定(明治29年)以来、成年年齢はずっと二十歳だった、と書く。その数字は明治9年の太政官布告を継いだものだ、とも置かれている。布告の本文を掘る必要はない。引き継がれてきた、という一点だけで足りる。二十歳は、つい最近まで、当たり前の線だった。民法の条文が生まれたときから、すでに二十歳だった。制定のときから一度も変わらず、施行まで続いた。布告から民法へ、同じ数字がそのまま渡された。
引下げの議論の背景にも、公式の一文がある。世界的にも成年年齢を十八歳とするのが主流だ、と法務省のQ&Aは書く。国際比較の表は作らない。主流だという一行だけを置く。長い二十歳の固定と、外の主流が同じ説明のページに並ぶ。国内の長さと、外の一行が、両方ある。国政の判断で十八歳を大人として扱う政策が進んできた、という整理も公式にある。市民生活の基本法でも十八歳を大人として扱うのが適当ではないか、という議論につながった、と説明されている。
約百四十年ぶり、という言い方も法務省のページどおりだ。驚きは、十八歳という新しさだけではない。二十歳がどれだけ長く続いていたか、にもある。切替の前後を見るとき、前の線の長さを忘れると、すぐ急転に見える。固定が長いほど、切替の印象は強くなる。百四十年近く動かなかった線が、一度の改正で十八歳へ移った。見直しの間隔が、それだけ長く空いていた。
明治九年から二十歳が続いていた。その長さを押さえると、令和4年の十八歳は、長い固定のあとの切替だと読める。ギャップの全体を読む前に、片側が動いたのは短い期間の話ではないと知る。百四十年近く続いた線が、十八歳という数字へ移った。長さを知ると、切替の見え方が変わる。急な発明ではなく、長い前提の更新だ。二十歳が普通だった時間のほうが、はるかに長い時間だ。
参考:法務省「民法の一部を改正する法律(成年年齢関係)について」/法務省「民法(成年年齢関係)改正 Q&A」
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