十月の半ばのことだった。二〇四号室の空き部屋に、新しい住人が引っ越してくることになった。県外から来た大学一年生の男の子で、名前は陽平。ひなたと同じ学部の後輩だった。坂の下で、大きな段ボールを抱えて息を切らしている陽平の姿を、ひなたは玄関から見つけた。
「大変だったでしょう。ようこそ、星見荘へ」
*
陽平は緊張した顔でぺこりと頭を下げた。トメさんが台所でお茶を用意して迎えてくれて、凛さんが味噌汁の作り置きについて説明し、葉山さんが廊下の向こうから小さく会釈をした。
「うちには、決まりがふたつだけあるの」とトメさんが言った。ひなたは思わず吹き出した。半年前、同じことを言われたのを思い出したのだ。陽平は真剣に聞いている。
「屋根裏には上らないこと、ですか」
「ええ。でも今夜だけは特別」トメさんがひなたに目配せをした。「ひなたちゃん、あとはお願い」
ひなたはうなずいた。
「陽平くん、ちょっとついてきて」
*
屋根裏の梯子を上って、ドームの天窓を開けると、十月の澄んだ夜空が広がった。オリオン座が東の空からのぼり始めている。
「あれがオリオン座。真ん中に並んでいる三つの星が、ベルトだよ」
ひなたは望遠鏡に手を添えて、陽平をレンズの前へ導いた。陽平はおそるおそるのぞきこんで、小さく息をのんだ。
「すごい。点が、いっぱい」
「でしょう。ここで見る星は特別なんだ」
ひなたは半年前の自分を思い出していた。段ボール二箱とリュックを抱えて坂を上ってきた、あの日のことを。窓の外の庭では、凛さんと葉山さんとトメさんが、笑いながら空を見上げている。星見荘の夜は、いつもと同じように静かで温かかった。
ひなたは陽平の隣で空を見上げた。星のひとつが、すうっと流れた。願いごとは、もう決まっていた。
これからも、この坂の上で、星を見つづけられますように。
(完)
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