落とし物係の八重子さん 第3話 百円玉の朝

早朝の薄明かりの中、預かり所のカウンターの真ん中に置かれた一枚の百円玉。

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連載「落とし物係の八重子さん」第3話/全4話(完結) 約3分で読めます

十二月も半ばになった朝、預かり所のカウンターに、百円玉が一枚のっていた。

わたしは放課後にしか来ないので、見たのは八重子さんの話を聞いてからだ。八重子さんは、朝の七時にここの戸を開ける。鍵は、八重子さんの手元にしかない。それなのに、カウンターの真ん中には、毎朝、百円玉がぽつんと置かれているのだという。もう十日になる。

「落とし物ではないのよ」と八重子さんは、重々しく言った。「落とし物は、拾った人が届けるもの。置いていく人は、何かを返しているの」

「何かって」

「それを探すのが、わたしたちの仕事」

わたしたち、と言われても、まだ引き受けた覚えはなかったけれど、塩大福はもう口の中にあった。

*

その翌朝、わたしは六時前に預かり所へ行った。部屋は寒くて、吐く息が白かった。カウンターには何もなかった。わたしは、窓の下の椅子に座って、待った。窓の掛け金が壊れていることは、この前の掃除のときに気づいていた。ここなら、外から手を差し込める。

六時十分、遠くで新聞受けの金属がかちゃんと鳴った。商店街は、いつもこの時間に新聞が届く。それから、足音がひとつ、近づいてきた。わたしは息を止めて、窓の隙間を見た。

白い手が、にゅっと伸びてきた。冷たそうに赤くなった指先で、百円玉をつまんでいる。指の腹が、黒くよごれていた。インクだ、と思った瞬間、手がカウンターに百円玉をそっと置いて、すぐ引っこんだ。

わたしは窓を開けて、外に飛び出した。路地の向こうを、自転車にまたがった男の子が走っていく。ジャンパーの背中に、新聞のロゴが入った肩かけの袋が揺れていた。

「ちょっと待って」

自転車が止まった。振り向いた顔は中学生くらいで、ひどく緊張していた。

*

ここまでで、手がかりは出そろっている。百円玉は冷たく、指にはインクの汚れがあって、時間は新聞が届く六時すぎ。そこまでそろえば、誰だって、新聞配達の子だと思うだろう。

「ごめんなさい。ぼく、ユウタです」と男の子は言った。「もう、やめます」

わたしは困ってしまった。やめられると困る。理由が分からないままだ。そこへ、八重子さんがスリッパの音をぱたぱた鳴らして出てきた。コートの下はパジャマで、手には塩大福を持っている。

「今朝は、いつもより早起きしたのよ」

八重子さんはユウタ君をじっと見て、それから笑った。

「半年前の寒い朝、うちの前でしゃがみこんでた子ね。手がかじかんで、新聞が持てなくなって」

ユウタ君の顔が、みるみる赤くなった。

「あのとき、お茶と大福をくださったから。ぼく、ありがとうって言えなくて」

「それで、毎朝」

「お金にしたら、返せるかなって」

八重子さんは、手の中の大福を見て、ふっと息をついた。

「あのね、ユウタ君。大福は、一個百二十円なの」

「……え」

「毎朝百円ずつだと、二十円ずつ足りないのよ」

ユウタ君は、ぽかんと口を開けた。それから、八重子さんの顔と大福を見くらべて、しどろもどろに言った。

「あの、じゃあ、明日、百二十円」

「だめ。それだと、今日で終わっちゃうでしょう」

八重子さんは、大福をユウタ君の手に持たせた。

「今日から毎朝、大福をひとつ渡します。代金は百円。ただし、二十円はずっと貸しにしておくこと。返さないでいい貸しは、返しに来る理由になるの」

ユウタ君は大福を握りしめて、何度もうなずいた。それから自転車にまたがって、配達の続きに走っていった。

*

「八重子さん」

「なに」

「あれ、最初から、返してもらう気ないですよね」

「あるわよ。二十円」

朝の光が、路地の奥から差しこんできた。八重子さんは、カウンターの百円玉を、空き瓶の中に落とした。ちゃりん、と音がした。

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